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知識は理解への素材

子供のころ、親や学校の先生、

周囲の大人(叔父叔母、近隣の大人、友達の親など)から、

「それは、そう言うもんじゃないよ!」

「こうしたほうがいいよ!」

と、日々の生活習慣から始まって、

人として大事なことをよく注意されました。

特に、両親は、

出来るようになるまで、

何度も何度も注意してくれたり、

人として本当にダメなことは、

めちゃくちゃ叱ってもくれました。

大人になってからも、

大事な所では助言をしてくれることもありました。

今もあります。

 

正直、注意されたり、叱られたり、助言を受けたりしたことを、

その時はすぐに理解できないことも多々ありました。

(思春期の頃は反発もしていました(;^_^A)

でも、少し時間を置いたり、時には何年も何年も経ってから、

あの時、〇〇が教えてくれたことはこういうことだったのか!と

腑に落ちること、理解が深まることが幾度となくありました。

 

そういう経験、皆さんにもありませんか?

 

だから私は、今すぐにわからないかもしれないけど、

人として大切なこと、身に着けておいてほしいことを、

子供達にも伝えてきました。

今も伝えています。

 

これは、何も子育てに限ったことではありません。

職場でも、上司部下、先輩後輩関係にもあると想います。

他にも、例えば、

若いころ何気に聞いていた曲を、何年もたって聞いてみると、

この曲の歌詞って、「こんな大事なことを言っていたのか!」と

作詞者の言わんとしていたことがより理解できたり、

例えば、

1度読んだ本を、数年たって読み返してみてもそうです。

 

だから、自分が興味があることや、

これは学んでおいた方が良いなと思うものは、

学んでみることも大切だと想います。

例え、その時はすぐに理解できなかったとしても、

知識が理解への素材となるからです。

 

そして、誰かの理解への素材となるように、

理解したことを伝えていくことも大切だと想います。

自分がそうしてもらったように・・・

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

 

 

自分ができることを精一杯やる

今、けがをした足の治療中で、

診察の合間に、リハビリに通っています。

昨日は、松葉杖1本で歩行するやり方を、

リハビリの先生に教えて頂きました。

怪我をして、ちょうど1か月。

やっと、ここまで漕ぎつけた!!!と嬉しくなりました。

 

治療のプロセスは以下の通りです。

足を骨折
 ↓
ギブス固定
 ↓
歩行は松葉杖2本で行い怪我をした足は地面に着けない。
(買い物は両手がふさがっているため車いす)
 ↓
ギブスが外れるも、別の固定危惧を装着。
(固定危惧は脱着可能なため、入浴時は外せ、
怪我をした方の足も洗えるようになる。)
 ↓
歩行は、相変わらず、松葉杖2本。
しかし、けがをした方のかかとのみ、地面に着けることができる。
(むしろ、地面に足を着けないと骨が細くなるので、
痛みとの折り合いをつけながら、できるだけかかと歩行をすることを勧められる)
 ↓
地面にかかとを着ける歩き方が慣れたことと、
痛みの度合いが和らいだことにより、松葉杖1本で歩行可能となる。
(片手が空くため、車いすを使わずに買い物することができる)

 

松葉杖1本で歩けるようになって、1番嬉しいことは、

車いすを使わずに買い物ができることです。

車いすでも、親切な方が助けて下さったりして、

必要最小限のものは買うことができておりました。

ただ、高い所の商品が見えなかったり、

手が届かない商品を取ってもらいたいときに、

声をかける人が近くにいないと、

誰かが通りかかるまで待っていないといけない。

膝の上に、乗る程度の少量の買い物しかできない。

などの都合の悪さもありました。

 

今日は、松葉杖1本歩行で、初めてスーパーに行ってみました。

松葉杖2本歩行と、車いすに慣れ過ぎてしまって、

正直、車いすを使わず、松葉杖一本歩行での買い物は勇気がいりました。
(そうは言っても、転んだり、けがをした方の足をひねったりしないで!
と厳重注意を医師にもリハビリの先生にも言われておりますし、
何より自分がもうこれ以上、怪我を悪化させたり、別な所を怪我するのが怖いので(^_^;))

でも、挑戦してみて良かったです!

たった、5~6点の品物を買うのに、30分以上かかりましたが、

片方の手でかごが持てることの喜びときたらありません!

手が届かない商品の範囲も格段に減りました。

怪我をしていなければ普通にできているなんでもないことが、

時間をかけてでも出来るようになるって、

こんなにもうれしいことなんだな~と、しみじみ感じました。

 

それを考えると、1月に急逝した私の父は、

心臓病と腎臓病を患っており、

現代の医療では、進行を遅らせることはできても、

これ以上良くなることはないと宣告されていました。

できることではなく、できないことが増えていく中で、

それでも、「大丈夫。大丈夫。」と、言って、

自分が出来ることを、精いっぱいやっていたし、

私や、私の子供達にもやってくれました。

 

改めて、そんな父を尊敬すると同時に、

自分も、そんな生き方をしていきたいと想います。

父のDNAを引き継いでいるのですから、

きっとできます。

やっていきます。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

 

10年続く会社

日本の中小企業白書では、
10年続く個人事業は1割、中小企業は36%とされてます。
しかし、これは業種や従業員数など特定条件内でのデータであり、
新たなビジネスモデルを展開する企業の生存率は6%程度とも言われています。

そんな時代、私が9年来お世話になっているメンターが経営する、
株式会社Calm様が、この5月で法人化10年を迎えられるとのことです。
フリーランスでいらっしゃった期間を含めれば16年です。
メンターはよく、
「人と同じことをするのは好まない。前回と同じことはしない。」
とおっしゃっています。
その言葉の通り、常に独創性を発揮させ、新しいビジネスモデルを創出し続け、
変化、進化、成長に特化した企業であると、私はそのように捉えております。
そのために、常に新しいことにチャレンジされ、勉強もされています。
しかし、それだけで成功は成し得ないということを
メンターの在り方から私は学ばせていただきました。

それは「信頼」です。

メンターは、常に、「感謝、配慮、思いやり、礼儀、謝罪。利他。」
こういったことを徹底的に実行されていらっしゃいます。上下関係、年齢などに限らずです。
こういう在り方が人としての信頼を得るとわかっていても、
実際にできるかどうか?と言ったらそうではなく、
ましてや、徹底的に細部にわたって行うということはそう簡単にできることではありません。
少なくとも私はまだまだ道半ばです。

私がメンターから直接学ばせていただける価値の大きな1つとして、経営者の考え方が学べることがあります。
私は、これまでの人生の9割以上従業員として収入を得てきました。
プライベートでは、身近に経営者の存在はほとんどなく、接点もあまりありません。
だから、自分の思考の範囲内で考えることは、従業員としての発想しか生まれず、
自分のポテンシャルに気付けなかったり、自律性に欠ける考え方をしてしまいます。
しかし、経営者の視点や考え方を教えて頂くことで、自分の可能性を広げ、
未来発展への希望を抱けるようになり、
自身の個人事業を立ち上げるところまで漕ぎつけることができました。
自分には何のとりえもないと想っていた10年前までの自分には、驚異的なことです。

改めて、お手本となる経営者から直接学べる貴重な環境を与えて頂いてきたことに感謝するとともに、
心より、株式会社Calm様の法人化10周年を祝し、ますますのご発展をお祈り申し上げます。

MindLabo代表 山本智香子

株式会社Calm様ホームページのURLは
https://www.calm-office.com/
となります。

 

受け身からの脱却を目指す

ありがたいことに、

メンターとはもう、9年お付き合いさせていただいております。

それが、「幸運である」ということは、

出会った当初から、感じてはおりましたが、

お付き合いの年数を重ねれば重ねるほど、

私が、メンターと接点が持てること、

直接学ばせていただけることが

どれだけ幸運なのかという度合いが増していきます。

メンターと出会ったとき、直感で、

「この人信じれる」と想ったことを1ラッキー(1星)とするならば、

現在は、10000ラッキー(10000スター)を手に入れた感覚です。

(もっとかもしれません。正直なところ計り知れません。)

 

その気持ちが、最近また、加速的にどんどん増して行っています。

その理由は、読書です。

今、足を怪我しているため、

自宅療養を主としており、読書できる時間が多いです。

そこで、ビジネス書や自己啓発系の本を読みあさっています。

良書といわれるロングセラーのものから、ここ数年話題のもの、

今年出版されたばかりのもの、

一見、ビジネスとは関係ないような分野からの視点で書かれたもの、

など、種類は様々です。

 

それらの本を読めば読むほど、

「これ、昔からメンターが大事なことだよ!っておっしゃってたことだ!」

「これ、メンターがよく使う言葉(ポジティブな口癖)だ!」

「これ、メンターが大切にしていらっしゃる在り方だ!」

「これ、メンターが社会情勢の現状と今後について似たようなことおっしゃってたな!」

「これ、メンターが習慣的にやっていらっしゃることだ!」

と、言うことが、大抵どの本にも出てきて、(もちろん全てとは言いませんが)

いろんなことを網羅されていらっしゃる方なんだということを、

感覚ではなく、実際に上手く行っている人の知見から理解しました。

 

私は、メンターの足元にも及びません。

「類は友を呼ぶ」ということわざがあるように、

あまりにも次元がかけ離れた人とは、本来、

接点を持てないことが多いと言われる中で、

私がなぜ、メンターと出会えたのか?、

メンターとクライアントという関係ではあるものの、

なぜ、9年もお付き合いさせていただいていたのか?

目には見えない特別なご縁とメンターの人に対する情の深さが、

要因であると私は考えます。

 

いづれにしてもそれは受け身です。

特別なご縁、メンターの情が切れてしまえば、切れてしまう関係です。

もっと、自分を磨いて、

山本となら一緒に仕事がしたい。

山本とならプライベートも楽しめる。

そんな信頼を、メンターから勝ち得たいと想います。

それが、特別なご縁に対する感謝であり、

大切な人を大切にするあり方であると、私は想います。

そのために、今の私に出来ることから、積み重ねていきます!

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

素直じゃない自分に気付く

理由もわからず、

モヤモヤする、

違和感を感じる、

イライラする

そんなことを感じることってありませんか?

 

仕事、家事、育児など、それぞれの役割に追われる中、

理由もわからずなんとなく湧き上がるその感情に対し、

1つ1つ理由を考え、対応するということは、

容易ではないと想われる方も多いかもしれません。

 

実際私は、育児と仕事と家事に追われているとき、

自分のことをないがしろにし、自分のそういった感覚にも無関心で、

そうしているうちに、

自分の感情も、気持ちも、思考も、心も、

内側でぐちゃぐちゃになっていたな~と、

今、当時の自分を振り返るとわかります。

そんな私でしたが、

マインドセットコーチングと出会い、

学んだことを実践していく中で、

自分の感情に意識を向ける習慣が少しずつですがついてきました。

 

今日それを実感できたのが、

「今心がなんかモヤっとした!なんか違うって感じた。」

という、微妙な違和感から目を背けず、

わりと瞬時に、(おそらく2~3分)

自身の言動を振り返り、

「気持ちに素直じゃない言動をしたから沸き上がったモヤモヤだ!」

ということを自覚し、

「ごめんほんとの気持ち隠してた~」

「言いづらいこと言ってませんでした~」

という言葉を発し、素直に謝罪したり、受け取ったりすることができたのです。

 

昔の私でしたら、

微妙な違和感をキャッチする事がまずできなかったですし、

キャッチできたとしても向き合わなかったでしょうし、

向き合ったとしてもその理由がわかるまでに、

何時間、何日単位で時間を要していました。

 

いつも、自分の気持ちに敏感で、瞬時に対応(自己受容)出来るか?

と言ったらそうではありませんが、

一日0回が数回できるようになり、

答えが出るまでに何時間もかかっていたことが、数分に短縮されるケースもあります。

 

継続は力なりですね。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

 

魂のつながり

スピリチュアルなことにご興味がない方、

あまり、スピリチュアルなことが好きでない方

今日の、ブログはスルーしていただいても結構です。

 

私は、本来、スピリチュアルなことが好きだったのに、

目に見えるもの、科学的根拠のあるもの、

そういったものしか信じない。と言っている時期がありました。

そう言っているわりには、

江原啓之さんと美輪明宏さんがゲストを招いて、

過去世などを観るTV番組を毎週見ているという、

矛盾がありました。素直じゃない私の過去です(^_^;)

 

あなたは、魂のつながりを信じますか?

そもそも、魂って何?

と質問されても、

言葉で表現することが私には困難です。

 

ただ、あえて、

自分が今、魂のつながりを感じているなと想う、

その感覚を言葉にするならば、

それが、

人であっても、

場所であっても、

動植物であっても、

音楽であっても、

芸術作品であっても、

本であっても、

そこから得られる、

メッセージ性のようなものが心にしみわたる感じがして、

何か大きなものに守られている、応援されている気がするのです。

その「何か大きなもの」が何なのかよくわかりませんが、

最近は、

その何か大きなものの中に、

亡くなった父を感じる時もあります。

 

これは私の特性だと想うのですが、

魂のつながりを感じているときは、
(あくまでも自分がそうだと感じているだけです。)

理由もなく、涙が出ます。

心が洗われていく感覚です。

 

この感覚を大事にするようになったら、

よろしくないできごとに対しても、

メッセージ性を感じるようになりました。

短絡的に、アンラッキー!だけで済まさなくなりました。

正直、よろしくないできごとが起きた瞬間は、

この出来事にどんなメッセージが隠されているのか、

すぐに答えが出ないことがほとんどです。

だから、答えが出るまでは、

辛いこともあります。

(わくわくしながら待っていられるときもあります。)

でも、その出来事のメッセージに気付いた時、

上記に記載したような感覚となり、涙が出て、

教えてくれてありがとうって気になるのです。

 

魂は皆繋がっている。

媒体を通して、なにか大きなものが教えてくれている。

シンプルにそれだけ。

OneSoul

自分の魂がクリアであればあるほど、

その感度は上がる。私はそう信じています。

 

なぜなら、私のリスペクトする方がそうであるから・・・。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

数値化の鬼を読んで感じたこと

安藤広大著 ダイヤモンド社発行

数値化の鬼
「仕事ができる人」に共通するたった1つの思考法

を今読んでいるのですが、

本の冒頭「はじめに」に書かれているポイントをかいつまむと、

『自分を数字でマネジメントできない人が、部下やチームをマネジメントできるとは到底思えない。
数字にむき合わず、成長できる人は誰一人いない。この本は、他人に対してではなく、
自分に対する数値化の鬼になること説明するための本。』

というような内容が書かれていました。

自分に優しく、自分を褒めよう!

そういった類の本も多い中、

厳しい先生の授業の前にちょっと緊張して、

背筋がシャキッと伸びる感じが久しぶりに蘇りました。

 

この本は、

なぜ数値化が必要なのか?

何をどのように数値をするのか?

が具体的に書かれていました。

 

これはあくまでも、私の捉え方なのですが、

数値化は要するに、

「配慮」だなと感じました。

それは、自分に対しても、相手に対してもです。

 

よく、私がよく使う表現の中に、

上手く行かなかったことに対して、

「一生懸命頑張ります」

という言葉があります。

せっかく、反省して、一生懸命頑張る!って、

気になっているのに、それを掘り下げて考えないから、

何をどれくらい、どう頑張るか?が不明瞭なままで、

結局気持ちだけで行動に移せません。

移せたとしても習慣化までには至りません。

自分の「頑張ろう!」って思った気持ちへの配慮不足です。

 

他者に対しても、同じです。

例えば、上司に対して、

「一生懸命頑張ります」と言ったとします。

上司は、この言葉を聞いて安心するでしょうか?

数値を入れて、

「明日の10時までに、タスク①②はできます。」

「タスク③は3時間かかることが見込まれるので、

その日の15時まで待っていただくことは可能でしょうかは?」

「そのために一生懸命頑張ります。」

の方が上司はより安心するでしょうし、

場合によっては仕事の振り分け方を変えるなど、

上司の仕事もやりやすいでしょう。

 

初歩的なことではありますが、

意識していないと、ついつい、

曖昧な表現の仕方をしているものなのだなということを、

気付かせてもらえる本でした。

 

マイメンターは「配慮」ということをとても、

大事にしていらっしゃいます。

そんな、メンターの在り方にも通じるものを感じる本でもあり、

 

自分への厳しさというのは自分を責めることではなく、

他者への優しさにつながる厳しさなんだなとも感じる本でもありました。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

思いがけず「影響」

母は、45年ほど前、車の免許を取りました。

きっかけは、「父に勧められたから」と母は言っておりました。

なぜ亡き父が、母の免許取得を進めたのか?

今となってはその真意はわかりませんが、

先見という観点から勧めたのではないかと私は推測します。

 

当時、東京から長野に引っ越してきたばかりの母の移動手段は、

自転車、原付バイクが主でした。

遠くに出かけたいときは、父の運転です。

便利な東京から、

公共交通機関の利用が不便な場所に引っ越してきて、

不便さは感じていたものの、その生活にも慣れてきたところでしたし、

なにより、周囲(隣り組の方々)を見渡しても、

当時、主婦で車を運転している人はいなかったので、

自分が車を運転することになるとは想像していなかったそうです。

 

THE昭和の母は、父の言うことだからと、

素直に従ったのでしょう。

40歳で普通自動車の運転免許を取得することができました。

 

それを聞いた、母よりも少し若い同じ常会の主婦の方が、

「へ~、車の免許取れるんだ~」と、気付き、

(その方も、自分が車の運転をすることを想像していなかったようです。)

しばらくして、

「私も車の免許とったよ~」と母に報告してくれたのだそうです。

 

それから、

同じ常会の中で「主婦の運転免許取得ブーム」(←勝手に私がそう捉えている(笑))が起き、

ご近所の主婦の多くが、運転免許を持つことになったとのことでした。

そのほとんどが母よりも年上の方だったようです。

 

もし、私が40歳の時に車の免許を取ることになったら、

若い時よりも、かなり勇気が必要だったと想います。

ましてや、自分の周囲に同じ経験を持つ人がいなかったらなおさらです。

 

母の挑戦が、周囲の主婦の方へ少なからず影響したのは確かです。

意図せず、誰かに影響を与えるこがある。

ということを母の昔話から知ることができました。

 

影響を与えたい、与えなきゃ。

そう、肩に力が入っていると、

かえって相手には響かないのかもしれません。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

自分の直感を信じる

なんか気持ちいい(⇔不快)

なんか惹かれる(⇔距離を置きたい)

なんかこの言葉しっくりくる(⇔違和感ある)

なんかこの人と居るとホッとする(⇔疲れる)

なんかわくわくする

なんかあの人にLINEしたくなる

なんかこのままじゃいけないきがする

なんか未来が描けない

なんかこの人とは将来一緒に仕事している気がする

などなど

 

あなたは、理由を説明して?と言われても簡単に説明できない、

何故かわからないけど、ふとこんな考えが浮かんだ、

なんてことはありませんか?

要するにそれは直感と言われるものです。

 

メンターと出会った最初のころ、

直感と言われる

「なぜかわからないけど・・・」

「ふと・・・」

これらは、自分の人生の羅針盤だから、

その直感に従うことの方がスムーズに、

自分の人生を自分らしく生きることができる。

と教えて頂き、

そのスタンスを出来るだけ守るようにしてきました。

しかし、自分の直感に気付き、それを基に行動するには、

自分の心身の状態を良くするなどのコツがあります。

エゴや欲、非合理的ビリーフ、不安や恐れ、罪悪感、自己否定感など、

手放さなければならないものもあります。

直感だ!と想って進んでいたら実は違ったということもあります。

直感(自分の本心)だけで生きられたらそれは理想なのかもしれませんが、

収入、家族、のことなどもあるのでバランスも必要です。

 

「直感」の感度や、「直感」の使い方が未熟な私は、

直感とつながり、それに従って生きる術を学ぶことも、

8年間、プロのメンターをメンターに就けてきた大きな理由の一つです。

 

しかし、8年も学んできたんだし、もうそろそろ、

自分の直感をもっと信じてみようと想います。

そのために、昨日の投稿にも書きましたが、

「余白」の質を上げ、心身共に余裕を持ち、

直感に繋がり、いったん自分できちんと内省して、

焦らず決断し、でも決断したらスピーディーに行動に移す、

ということを心掛け、自走できるようにしたい、

いまそういう時期に来ている。

それこそ、なぜかわからないけどそんな気がします。

しかもその圧が強いです。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

「余白」の捉え方が反転する

今、山崎晴太郎著 日経BP発行

余白思考
アートとデザインのプロがビジネスで大事にしている「ロジカル」を超える技術

という本を読んでいます。

 

この本を読んで、

「余白」に対する捉え方が180度変わり、

自分の中にあった非合理的ビリーフ(思い込み)と、

その非合理的ビリーフがあることによって抱く、

ネガティブな感情に気付くことができました。

 

まず、余白の捉え方です。

著者は、余白の「余」は、

余分の余ではなく、余裕の余という捉え方をしていらっしゃいます。

具体的には、

『「余白」は、「何かを書いたあとに残ってしまったスペース」ではなく、

「書かれている何かを引き立たせるために、あえて余らせているスペース」

「あらゆるものが入る可能性にあふれた空間」

「本当に大事なものを守るために、あえて余らせている時間や力」。』

とおっしゃられています。
(『』内 山崎晴太郎著 日経BP発行 余白思考より抜粋)

 

なるほど~。と想いました。

今まで私は、「余白」は残った部分、余った部分という捉え方でした。

そして、残すなんてもったいないとか、

余った部分は有効に使わなきゃいけない、埋めなきゃいけない。

というような思考が自分の中で繰り広げられ、

残ったり、余ったりすると、不安や焦燥感を抱くこともありました。

 

そうなるのはどうしてか?というと、

その答えも本に書いてありました。

(『』内 山崎晴太郎著 日経BP発行 余白思考より抜粋)

『人は本能的に、空いているスペースがあると埋めようとします。

意味のある余白にするよりも、空虚が怖くて、どうにかして埋めたがる。

余白の在り方に思いをはせる前に、とにかく詰め込んで満足してしまう。』

とのことです。

 

とにかく詰め込んで満足することも問題視した方がよいですが、

私の場合、空虚が怖くて、埋めよう!としたとき、

埋めよう!としたのに、自分の思い通りに埋められなかったりすると、

満足するどころか、

うまく埋められなかったことに対して、

さらに負の感情が沸き上がるという、

ネガティブ感情のループにはまることも多々ありました。

 

しかし、余白の余は余裕を意味すると捉え、

「本当に大事なものを守るために、あえて余らせている時間や力」

と考えると、余白をつくることに視点が移ります。

さらに、その余白の質を高めることで、

引き立たせたいもの、大事にしたいものを、

より尊重できるのでは?ということが推測できます。

実際に著書の中でも、

『いいアーティスト、デザイナー、経営者は、基本的に、余白のつくり方がうまく、

余白のつくり方が上手い人は、人生を楽しむのもうまい。』

と書かれていました。

 

ふと、マイメンターのことが思い浮びました。

メンターは、経営者であり、お仕事がお忙しくても、

その間に、

■観光に行かれたり

■菜園をやられたり、

■お料理教室に行かれたり

■散歩に行かれたり、

など、していらっしゃいます。

(上記■はメンターのSNSに投稿されていた内容です)

著者山崎氏は『余白は意図せずにできるものではありません。』とその著書に書かれていますが、

マイメンターはまさに、

意図的に余白をつくられていたこと、

そしてその余白のつくり方を、

SNS視聴者に見せてくれていたんだな~

ということに改めて気付かされました。

ご自分も相手も大事にするスタンスであるから、

メンターはうまくいっているのだな~と改めてリスペクトするのでありました。

 

どうしたら質の高い余白がつくれるのか?

 

以前メンターからアドバイスいただいたことや、

(余白という言葉ではありませんが、緩急の付け方や、
自分で自分を満たす方法という観点からいただいているアドバイスのこと)

上記の本をもう少し読みこんで、改めて考えてみたいと想います。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子