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自己信頼

学びと実践の成果

脚を骨折して1週間くらい経ったときのお話です。

精神衛生上、家にこもってばかりいるのはよろしくない。

ということが身に染みてわかったので、気分転換も兼ね、

スーパーへ買い物に行きました。

松葉づえ生活になって間もない私にとっては、

買い物に行くのにも、勇気と決断がいります。

2次的な怪我をしないように、

慎重に、慎重に、行動しました。

 

事前に貸し出し用車いすがあることを確認して訪れたスーパー。

入口に2台、車いすが置かれていました。

しかし、オーマイガー!

車いすは、折りたたんで、壁側に向いて置かれていたのです。

松葉杖をついていて、しかも、けがをしている側の足を地面についてはいけない状況の私。

松葉杖にも不慣れな時でしたので、

一人で折りたたまれた車いすを広げ、向きを変えて座るというのは、非常に困難でした。

それこそ、転倒し2次的な怪我を負いかねません。

 

スーパーの中には、店員さんが品出ししたりしている姿が見えます。

しかし、大型店のため、入り口からその店員さんに声をかけるには、

かなり大きな声で叫ばなければなりません。

ほかの買い物客もいらっしゃるし、

それはちょっと、いい方法ではないな~と想いました。

サービスカウンターも離れているので、

松葉杖を使うことに慣れていない私にとって、

そこまで松葉づえで行くのもリスクが大きいと想いました。

 

結局、買い物を済ませ、店を出ようとしていた、

見ず知らずの方に声をかけ、

車いすを広げ、向きを変えてもらい、

無事、車いすに座ることができました。

とっても親切な方で、広いところまで、

車いすを押して行ってもくださいました。

本当にありがたかったです(*- -)(*_ _)ペコリ

 

恐らく、松葉杖の人が1人で買いもに来ない想定、

介助人が同行している想定なのでしょう。

 

もし、あなたが私と同じような状況だったらどうされますか?

 

 

人にものを頼めない昔の私であれば、

見ず知らずの方に声をかけることはできなかったと想います。

そもそも、人に迷惑をかけるのが嫌で、
(迷惑かどうかを決めるのは相手の方なのに(^_^;))

1人で買い物に行くこともしなかったでしょう。

 

そう考えると、9年前の私より、格段に生きやすくなっています(^^♪

「人に迷惑をかけちゃいけない。」という思い込みを手放したり、

「無条件で自分の存在価値を認める」という努力を

重ねてきた成果を実感しています。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

自分ができることを精一杯やる

今、けがをした足の治療中で、

診察の合間に、リハビリに通っています。

昨日は、松葉杖1本で歩行するやり方を、

リハビリの先生に教えて頂きました。

怪我をして、ちょうど1か月。

やっと、ここまで漕ぎつけた!!!と嬉しくなりました。

 

治療のプロセスは以下の通りです。

足を骨折
 ↓
ギブス固定
 ↓
歩行は松葉杖2本で行い怪我をした足は地面に着けない。
(買い物は両手がふさがっているため車いす)
 ↓
ギブスが外れるも、別の固定危惧を装着。
(固定危惧は脱着可能なため、入浴時は外せ、
怪我をした方の足も洗えるようになる。)
 ↓
歩行は、相変わらず、松葉杖2本。
しかし、けがをした方のかかとのみ、地面に着けることができる。
(むしろ、地面に足を着けないと骨が細くなるので、
痛みとの折り合いをつけながら、できるだけかかと歩行をすることを勧められる)
 ↓
地面にかかとを着ける歩き方が慣れたことと、
痛みの度合いが和らいだことにより、松葉杖1本で歩行可能となる。
(片手が空くため、車いすを使わずに買い物することができる)

 

松葉杖1本で歩けるようになって、1番嬉しいことは、

車いすを使わずに買い物ができることです。

車いすでも、親切な方が助けて下さったりして、

必要最小限のものは買うことができておりました。

ただ、高い所の商品が見えなかったり、

手が届かない商品を取ってもらいたいときに、

声をかける人が近くにいないと、

誰かが通りかかるまで待っていないといけない。

膝の上に、乗る程度の少量の買い物しかできない。

などの都合の悪さもありました。

 

今日は、松葉杖1本歩行で、初めてスーパーに行ってみました。

松葉杖2本歩行と、車いすに慣れ過ぎてしまって、

正直、車いすを使わず、松葉杖一本歩行での買い物は勇気がいりました。
(そうは言っても、転んだり、けがをした方の足をひねったりしないで!
と厳重注意を医師にもリハビリの先生にも言われておりますし、
何より自分がもうこれ以上、怪我を悪化させたり、別な所を怪我するのが怖いので(^_^;))

でも、挑戦してみて良かったです!

たった、5~6点の品物を買うのに、30分以上かかりましたが、

片方の手でかごが持てることの喜びときたらありません!

手が届かない商品の範囲も格段に減りました。

怪我をしていなければ普通にできているなんでもないことが、

時間をかけてでも出来るようになるって、

こんなにもうれしいことなんだな~と、しみじみ感じました。

 

それを考えると、1月に急逝した私の父は、

心臓病と腎臓病を患っており、

現代の医療では、進行を遅らせることはできても、

これ以上良くなることはないと宣告されていました。

できることではなく、できないことが増えていく中で、

それでも、「大丈夫。大丈夫。」と、言って、

自分が出来ることを、精いっぱいやっていたし、

私や、私の子供達にもやってくれました。

 

改めて、そんな父を尊敬すると同時に、

自分も、そんな生き方をしていきたいと想います。

父のDNAを引き継いでいるのですから、

きっとできます。

やっていきます。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

 

自分の直感を信じる

なんか気持ちいい(⇔不快)

なんか惹かれる(⇔距離を置きたい)

なんかこの言葉しっくりくる(⇔違和感ある)

なんかこの人と居るとホッとする(⇔疲れる)

なんかわくわくする

なんかあの人にLINEしたくなる

なんかこのままじゃいけないきがする

なんか未来が描けない

なんかこの人とは将来一緒に仕事している気がする

などなど

 

あなたは、理由を説明して?と言われても簡単に説明できない、

何故かわからないけど、ふとこんな考えが浮かんだ、

なんてことはありませんか?

要するにそれは直感と言われるものです。

 

メンターと出会った最初のころ、

直感と言われる

「なぜかわからないけど・・・」

「ふと・・・」

これらは、自分の人生の羅針盤だから、

その直感に従うことの方がスムーズに、

自分の人生を自分らしく生きることができる。

と教えて頂き、

そのスタンスを出来るだけ守るようにしてきました。

しかし、自分の直感に気付き、それを基に行動するには、

自分の心身の状態を良くするなどのコツがあります。

エゴや欲、非合理的ビリーフ、不安や恐れ、罪悪感、自己否定感など、

手放さなければならないものもあります。

直感だ!と想って進んでいたら実は違ったということもあります。

直感(自分の本心)だけで生きられたらそれは理想なのかもしれませんが、

収入、家族、のことなどもあるのでバランスも必要です。

 

「直感」の感度や、「直感」の使い方が未熟な私は、

直感とつながり、それに従って生きる術を学ぶことも、

8年間、プロのメンターをメンターに就けてきた大きな理由の一つです。

 

しかし、8年も学んできたんだし、もうそろそろ、

自分の直感をもっと信じてみようと想います。

そのために、昨日の投稿にも書きましたが、

「余白」の質を上げ、心身共に余裕を持ち、

直感に繋がり、いったん自分できちんと内省して、

焦らず決断し、でも決断したらスピーディーに行動に移す、

ということを心掛け、自走できるようにしたい、

いまそういう時期に来ている。

それこそ、なぜかわからないけどそんな気がします。

しかもその圧が強いです。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

甘え方上手も自律の要素

今、負傷した足の治療中なのですが、

おかげさまで、ギブスが取れ、

物理的にも精神的にも、開放感に満たされております。

 

ただ、そうは言っても、

すぐに元通りに歩けるというものではありません。

外出するには、まだまだ松葉杖が必要で、

ちょっとそこまで外出するだけでも、

想像以上に、体力を消耗します。

従って、エネルギーが枯渇気味で、

元気な時は対応できていたことが、

対応できないことが今は多い状態です。

 

これまでの私であれば(卒婚してからは特に)

「一人でなんでもしなきゃいけない。できなきゃいけない。」

と想う傾向が強く、

一人でできることは、一人で完結するようにしていました。

例えば、本当は、スーパーに買い物に行くにも、

誰かに付き添ってもらって行きたかったです。

でも、私は「一人なんだから!頼る人がいないんだから!」

と自分に言い聞かせ、勇気を振り絞って一人で買い物に行き、

見ず知らずの方に声をかけて、

車いすに乗るのを手伝ってもらったり、

手の届かない商品をかごに入れてもらったりしながら、

足が不自由な生活を送っていました。

それはそれで、

見ず知らずの方に頼るということもこれまで以上に出来るようになりましたし、

その方たちのやさしさ温かさに触れるという貴重な体験ができ、

嬉しさと感謝の気持ちを味合わせて頂きました。

私も、元気になり、反対の立場に遭遇したら、

手助けしたいという意識が芽生えたこともよかったです。

 

しかし、「頼れる人がいない。」というのは、私の思い込みで、

「頼ってくれればいいのに」と想ってくれていた人がいらっしゃったり、

「疲れが酷いから、送迎してほしい。」と頼んだら、

快く引き受けて下さる方がいらっしゃるという経験もさせていただきました。

私は、自分の強がりのために、

「頼れる人がいない。」と思い込もうとしていたのかもしれません。

その方たちにも、その方たちの生活があるので、

それを侵害するほど頼りたくないという気持ちもありますが、

よくよく考えてみると、

私に何かを依頼されて、それを引き受けるキャパが有るか無いかは、

相手の方が判断することであります。

要するに私は、

「断られたらどうしよう。」

「断られないにしても、相手に迷惑なやつだと想われたらどうしよう。」

という、気持ちもあったのだなということに、

この文章を書きながら気付きました(^_^;)

 

断る、断らないは、相手の問題ですね!

 

自分で出来ることを無理に頼る必要はありませんが、

しんどい時は、しんどいと、SOSを出せる人(医師や公共機関も含まれる)を、

何人か持っておくのも、生きていくには必要で(特に一人暮らしの人)、

それも自律ということの1つの要素なのではないのかなと

感じたのでありました。

 

頼んだことを必ずやって!と強要したり、

自分は頼むのに、相手の頼みは聞かない!は、

無しというのがもちろん前提です。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

調子に乗ると・・・

3月31日に足を負傷し、

4月1日に外出して以来、一歩も外に出なかった私でございます。

 

外出しなかった理由は、

不自由な体でやたら出歩いて、

転倒でもし、別な所を怪我することを、

回避したいためでした。

 

普段、用事があってもなくても、

外に出ていることが多い私ですので、

外出しない生活が苦痛なのかと思いきや、

その予想とは裏腹に、

案外、缶詰生活を楽しんでいる自分に気が付きました。

なーんだ、意外に平気じゃん!

むしろ楽しいじゃん!

と想ったことが、怠慢につながったのかもしれません。

 

外出しないまでも、

玄関の外に出て、

お日様の日を浴びる、空を観るということは、

ちょっと頑張ればできたはずです。

それすらも、けがを言い訳にしていませんでした。

モグラ状態です(^_^;)

 

別な所を怪我することを回避する行為が、

別な病気を併発する原因の一つとなってしまい、

今日、整形外科とは別の病院へ診察を受けに行ってきました。

本末転倒です。

 

やはり、人間には、太陽の光、外の空気が必要なようです。

モグラ生活が意外に楽しすぎて、

人として、基本的に必要なことをすることを、

怠ってしまいましたが、

その行為が、知らず知らずのうちに、

ストレスを蓄積したり、精神安定に良くない影響を与えていたようです。

楽しくて、気分がいいからと言って、

ストレスが蓄積していない理由にはなりませんし、

ましてや、人間としての基本的なことを、

怠っていい理由にもなりません。

調子に乗っておりました(^_^;)

 

これからは、転んだりしないように、

とってもとっても気を付けながら、

外出するように心がけようと想います。

少なくとも外の空気を吸いに、一日数回、

玄関の外へは出るようにしたいと想います。

 

いい学びになりました。

 

全ては誰かの気付きのために・・・

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

 

 

自己暗示の重要性

亡くなった父は、「大丈夫」が口癖の人でした。

腎臓病と心臓病を抱えていた父は、

やはり、時々体調を崩すこともありました。

貧血で輸血してもらったり、

血管を拡張する手術をしてもらったり、

胃腸の調子が悪くなって突然吐いたり・・・。

その都度、母が心配して、私に連絡をくれ、

「お父さん具合悪くて・・・」

と言うので、父に会いに行ったり、電話しても、

いつも父の返事は「大丈夫!」

根拠があっても、なくても、

「大丈夫!」です。

恐らく、81歳の父が大病を二つも抱えていながら、

亡くなる直前まで、自分で車を運転して透析に通ったり、

普段とほぼ変わらない生活を送ることができていたのは、

「大丈夫!」という言葉のパワーも1つにあったのではないかと想うのです。

 

どうしてそう想ったか?

昨日もご紹介した、今、私が読んでいる本、

外山滋比古著「新版 思考の整理学」発行所:筑摩書房に、

こんなこと(『』内のこと)が書かれていたからです。

『行きづまったら、しばらく風を入れる。そして、かならず、できる、よく考えれば、いずれは、きっとうまく行く。そういって自分に暗示をかけるのである。間違っても、自分はダメなのではないか、いや、ダメなのだ、などと思い込まないことである。(中略)
たとえ口先だけでも、もういけない、などと言えば、本当に力が抜けてしまう。自己暗示が有効にはたらくのはそのためである。』

 

父は、自分に「大丈夫!」という自己暗示をかけていたのかもしれません。

もちろん、家族に心配をかけたくないという配慮もあったと想います。

でもそれと同時に、それが父を本当に

「大丈夫」にさせていたではないかと想えるのです。

それともう1つ、上記の文章のように、

「もうダメかも」

そういった弱音を聞いたこともありませんでした。

ただ、急逝する数日前、体調が思わしくなく検査入院をするという父に、

「大丈夫?」とTELしたとき、

弱音は吐かなかったものの、いつものように「大丈夫」とは言わず、

今の状況のみを話してくれたことを覚えています。

今から思えば、いつものように「大丈夫」とは言えないほど、

あまり体調が良くなかったのかもしれません。

今となってはの話ですが・・・

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

幼少期の環境と自己肯定感

自己肯定感オタクの私は、

ごくごくたまに出会う、

ネイティブに自己肯定感が高いな~

(=真の自己肯定感が整っているな~)と想う人が、

どんな家庭環境で育ったのか?が、

気になって仕方ないらしく、

気付くと、

どんなお母さまだったか?とか、

家族構成とか、ご兄弟との関係性とか、

ご家族とのエピソードなどを、

普段の会話の中で話題にして、

聞き出している自分がおります(^_^;)

その会話から得た情報から、

心理学や、脳科学の世界でも言われているように、

やはり、子供のころの環境、

特に家庭環境や、母親との関係性が、

自己肯定感に大きく影響を与えているということが、

見て取れるな~と私は感じます。

 

しかし、反対に、家庭環境が悪かったから、

自己肯定感が低いか?(=自己肯定感が整っていないか?)

という逆説が成り立つか?といったら、

その逆説は成り立たないと感じます。

なぜなら、自己肯定感は後天的に育むことができるからです。

 

私の知人にこんな方がいらっしゃいます。

彼は、自尊心が高く、自分のことも、周囲のことも、

大切にできる方です。

その方は、幼少期に両親を亡くし、親戚の家で育ちました。

その親戚の方はとても親切ではあったようですが、

養子に入ったわけではなく、苗字が別々だったこともあり、

子供ながらに、気を使って生活していたとおっしゃっていました。

家族や親の愛情たっぷりに育ったか?と言ったら、

そうではなさそうです。

少なくとも、上記に書いた、

ネイティブに自己肯定感が整っている方たちのような、

恵まれた親、恵まれた家庭環境ではないことは確かです。

 

彼がどうやってその自尊心(自己尊重)を育んだのか?

その過程は私も存じ上げませんが、

彼のスタンスを拝見していると、

「自己肯定感は後天的に整えられる」

ということの生き証人を観ているようで、

勇気と励みになります。

 

これは私の主観ですが、

家庭環境や育ちが良くて、

ネイティブに自己肯定感が高いな~

(=真の自己肯定感が整っているな~)という方は、

世の中それほど多くないと考えます。

私がこれまで出会ってきた人の中でほんの数名ですので、

恐らく、数パーセントと想います。

だから、ネイティブに自己肯定感が整っている人は、

超ラッキーと思って、そのままその自己肯定感をより大事に、

育んでいってもらいたいと思います。

そして、私も含め、そうではない大多数の人達こそ、

諦めず、真の自己肯定感を育んでほしいと想います。

その方たちの方が伸びしろがあって、

ある時点から、自己肯定感を整えることが、

とっても楽しくなるかもしれませんよ!

私のように・・・

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

 

 

初心に帰る

昨日の投稿で、ブログに対して、スランプだとお伝えしました。

その原因を考えるに、

そもそもブログ投稿の原点は何だったのか?

ということを再確認しようと想い、

以前、利用させていただいていた、
(投稿は今でも閲覧可能)

はてなブログでの自身の投稿を振り返ることにしました。

投稿記事一覧の、一番上に記載されていた、

【はてなブログ最後の投稿】

というページを開いてみたら、答えがそこにありました。

 

以下、はてなブログに投稿した、自身の文章を引用

~約2年3カ月の連続投稿を支えたもの~

(中略)

1回の投稿は1000文字前後。

約1時間の時間を要す。

これを2年以上毎日続けることができた要因は何だろう?

①なぜかわからない使命感。

 だれからも頼まれていないのに、

 なぜかブログを投稿することが使命と感じている(笑)

②書き上げた後の満足感。

 毎回、自分の書いた文章を読み返しては、

 自分天才だな~と想って投稿している(笑)

③自分自身が自分のブログの読者であり、ファンでもある。

 だいたい、朝投稿し、その日のお昼に自分の投稿を再度読む。

 それが1日の中での楽しみの1つでもある。

④読者様がいらっしゃること。

 自分が自分のブログに対して、めちゃくちゃファンであったとしても、

 やはり読者が自分1人だけだったら心折れていたと想う。

 時にはアクセス数ゼロという日もあったが、

 たいていは、数名のかたがアクセスしてくださったり、

 スターを付けてくださったりしてくれたことは、

 とても励みになり、非常にうれしかった。

⑤自己肯定感の必要性と重要性を伝えたいという想い。

 やはり、これが一番大きいと思う。

 自己否定の辛さ、弊害、この経験を世のため人のために使いたい、

 そして、自分らしく在ることが、

 人生をより幸せで豊かに生きるために必要不可欠で、

 自分らしく在るための基盤が自己肯定感だということが腑に落とせたからこそ、

 より伝えたい気持ちが強いのだ。

この想いは、今後も自身のホームページで伝えていきたい。

以上、はてなブログに投稿した、自身の文章を引用

 

これを観て、

純粋に、ブログ投稿を楽しんでいたんだな~。

純粋に、自分が自分の最高のファンだったんだな~。

純粋に、真の自己肯定感の必要性と重要性を伝えたい。その想いでやっていたんだな~。

と想いました。

 

スランプの原因は、

「初心を振り返ることができなかった」

という1つの理由だけではないと想います。

 

ただ、定期的に初心に帰るという仕組みづくりは必要であると感じました。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

準備の重要性

私は、月に1度開催されている、

ある勉強会に参加させていただいております。

その勉強会が本日行われました。

 

今回、なんと、その勉強会で、1時間という時間をいただき、

私が勉強会を担当させていただくという機会が与えられました。

これまでは、受講者という立場での参加がほとんど。

心理的安全性が担保された、場、環境、メンバーであっても、

(であるからこそなのかもしれません!)

緊張感があり、しっかり準備をして臨むことができました。

 

1時間という時間をどう使うか?

勉強会であるので、その場に参加している全員に、

何らかの気付きや学びがあること、

その気付きや学びが、それぞれの今後に役立つこと、

それを念頭において、プロに勉強会の構成を伺ったり、

それに基づいて投影資料を作ったり、投げかける問いを考えました。

 

キャッチアップ力が高いメンバーのおかげもあり、

私が担当した勉強会で、

今後に役立つ気付きが得られたというフィードバックを

全員からいただくことができました。

 

皆さんの役に立てた!!!

その喜びの大きさは表現しづらいです。

ただ、

1時間の勉強会にかけた準備の時間は10倍以上なのですが、

そんな時間とは引き換えにならないくらいの喜びであること、

時間をかけて準備して臨んで本当に良かったな!

と心から思えるほど大きな喜びであることは間違いありません。

 

貴重な経験、貴重な時間をいただけたこと、本当にありがたいです。

私の人生は、ついています(^^♪

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

 

大丈夫という口癖の要因

亡くなった父は、心臓病と腎臓病を抱えておりました。

8年ほど前に心臓の手術をし、

人工弁とペースメーカーが体内に取り付けられました。

手術の影響もあり、持病の腎臓病が急激に進行。

手術をして間もなく、人工透析を受けるようにもなりました。

そんな大病を2つも抱える父の口癖は、

「大丈夫」でした。

 

父の生前、

母から、「お父さんの体調が優れない」という連絡がちょくちょく入りました。

その都度、父に直接電話をしたり、実家に会いに行ったりしていましたが、

返事は決まって「大丈夫」でした。

母が「お父さん、決まって大丈夫しか言わないけど、ほんとは大変なんだよ!」

と、娘である私に現状を正確に理解してもらいたいようでした。

実際のところ、

貧血が酷くて輸血してもらったり、

突然、嘔吐したり、

足の血管が詰まりかけて処置してもらったり、

私が父と同じ立場であれば、

「大丈夫」とは、簡単に言えそうもない状況であったようです。

 

なぜ、父は辛い状況、大変な状況でも、

いつも「大丈夫!」という返事だったのか?

要因はいろいろとあると想いますが、大きく3つ考えました。

1つ目、家族への配慮。

2つ目、不安にフォーカスしない在り方。

3つ目、受け容れる速さ。(受容力の強さ)

です。

 

①家族への配慮

父は、とにかく身内を大切にする人でした。

「家族に心配させたくない。」そんな想いが伝わってきます。

今、ふと思ったのですが、自分自身にも心配を与えたくなかったのかもしれません。

自分が発した言葉は、自分自身も聞いています。

父は、本能的に自分自身にも「大丈夫」と言って安心させていたのかもしれません。

 

②不安にフォーカスしない在り方

父は、自分の病気以外のことでも、楽観的に考えて、すぐに行動に移す人でした。

というより、あまり考えていなかったかもしれません。

特に、不安を増幅させるようなことは・・・!

なので、行動がフライング気味で失敗することもありましたが、(笑)

不安にフォーカスせず、とにかく、やってみる、試してみるというスタンスの人でした。

 

③受け容れる速さ(受容力の強さ)

父は、とにかく、物事の受け入れ方が早かったように想います。

特に、負の出来事に関してはそうでした。

「これ以上ダメだ」とわかったら、

思考をすぐに切り替えて、

別な方法を探したり、改善策を見出したりして、

過去は過去として割り切っているタイプでした。

 

父の楽観性について、自分なりに考察してみて改めて想うのが、

こんなに近い所に、楽観的生き方を学べるお手本が居たんだな~ということです。

今更ですが、今後、楽観的になれない時(何かに執着したり、不安に苛まれているときなど)、

「父だったらどう考えるか?何と言うか?どんな行動をとるか?」

自問していきたいと想います。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子