心のゆとりを意識する
2年前に上京した、次男曰く
「東京で働くのって結構大変なことあるよ。」
その言葉の意味が少しわかってきた気がします。
単に、仕事の大変さを言っているのかと想っていました。
でも、地方であろうが、都会であろうが、
新しい仕事を覚えたり、
新しい仲間と信頼関係を築いたりすることに、
大差はありません。
仕事を探すということに関しては、
長野より格段に、
希望の条件に合った仕事が沢山あるというメリットもあります。
ここ2~3日、新しい働き先を決めるため、
面接を受けに行ったり、応募する仕事を検索したり、
お仕事を紹介してくださる営業の方とお話をしたり
などして過ごしておりました。
人混みの中を面接に向かったり、
営業の方と主に条件のところでの話をしたり、
狭ーいアパートで、一人黙々と、
賃金や、通勤時間などの羅列を観ているうちに、
どんどんどんどん「条件」を観ることにのめり込んでいき、
本当に自分がそこで働きたいのか?
という観点が抜けていたことにも気が付きました。
長野では、職場の窓や通勤時、実家の庭から
北アルプスが見え、
ちょっとゆっくりしたいなと想えば、
山、川、緑いっぱいの大きい公園など、
当たり前のように自然が溢れ、
その環境を使い、
自分の心にちょっとした間(ま)を持てていました。
改めて、長野では、「自然が豊富」という環境に恵まれていたな
と感じるのであります。
しかし、都会には、そういった環境が少ないです。
自分でより意識的に、
心のゆとりを持つように心がけないと、
スピード、損得など、
「思考」寄りになってしまいます。
「思考」寄りになってしまうことのデメリットは、
40代前半までの自身の人生で、
嫌と言うほど味わいました。
長野出身の次男が感じる「大変さ」とは、
心のゆとりを持つ、自分を保つ、
こういった意味も含まれるのではないかと想うのです。
(恐らく彼は、感覚的に言っていると想うのですが・・・)
「心のゆとり」
都会では、具体的にどう持てばよいでしょうか?
今一つ気が付いたのは、
「歩く」ことです。
駅1つ分くらいの距離を歩くと、
時間の流れがゆっくりと感じられます。
空を見上げれば、自然も感じられます。
人々の日常、生活を想像したり、
自分の今の気持ちと向き合えたりもします。
それぞれの環境で、それぞれのやり方で、
「心のゆとり」
を持つ努力は、自分のためにしてあげたいものです。
今日も最後までお読みいただきありがとうございます。
MindLabo代表 山本智香子