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自己受容

過度なプレッシャーの原因に気付いた後は

最近の過度なプレッシャーの原因が、

周囲の人間性の良さ、人格の高さに圧倒され、

その方々と自分を比較したことからくる、

劣等感、自己否定感の影響が、

かなり大きかったことに気付きました。

 

自分はまだまだだな~から始まり、

自分はダメだな~(自己否定)

自分はこのレベルまで到達できるのか?(自己不信)

という想いが募っていた矢先、

更に自分を負の感情へ陥らせるできごとがあり、

(自己不信が募っていたからこそ引き起こしたできごととも言える。)

どうせ自分なんて(自己卑下)というところまで落ち、

実はこの数日、その負の感情の対処に苦労しておりました(^_^;)

 

やっと自己卑下からは抜け出し、

少し冷静になって、自分を客観視し振り返ることができたので、

強いプレッシャーがあったことと、その原因まで、

探ることができました。

そして、今の自分に必要なのは、

自己受容なのではないか?というところまで、

たどり着いたので、

今週一週間は、自己受容WEEKということで、

取り組んでいきたいと想います。

 

その一環として、まずは、

ここ数日、自己否定モードだった自分も、

過度なプレッシャーに気付かないふりをして、

本当はプレッシャーに押しつぶされそうになっていた自分も、

それがきっかけで、負の出来事を引き起こしてしまった自分も、

さらにふてくされて規則正しくない生活を送っていた自分も、

全部丸ごと、受け容れたいと想います。

 

受け容れるって決めただけなのに、

ここ数日のかっこいい!とはいえない自分に対して、

「かわいいね、未熟だね、人間やってるね。」

って言ってあげたくなるような、

包み込むような感情が生まれてきました。

 

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

ミスを責める自分も受容

Why Not と Why Can Notという自分を責める言葉を、

自分のセルフトークからデリートする。

という意識で長年過ごしております。

 

きっかけは、メンターの講座で勉強したからです。

勉強したことを実行しようと想った理由は、

自分を責める言葉は、

自己否定感を募らせますし、

自分を責めている限り、

同じようなミスをした誰かも、

それを相手に表現しないまでも、

心の中で責めるであろうことを予想できるからです。

無意識であろうと、自覚があろうと、どちらにしても、

自分に対しても、周りに対しても、あまりしたくない行為です。

過去を責めるよりも、

今後の対策、改善策、今できることへ、

意識を向ける自分で在りたいと想うのです。

 

今日、自分のミスを責めている自分に気が付きました。

なぜ気が付いたか?

ミスに気が付いた時、早急に、今できる処置を施し、

事なきを得たのですが、処置を施した後も、

心がずっとモヤモヤ~とし、

羞恥心や罪悪感に苛まれている自分がいたからです。

誰からも責められたわけでもないのに・・・。

 

責めていたのは自分自身でした。

モヤモヤ~っとした心の中を覗いてみると、

こんな凡ミスをするなんてダメだな~。

気が緩みすぎ!

もっと引き締めてやりなさい!

手厳しいセルフトークが飛び交っておりました。

 

今回のミスを客観視してみて、

すぐに気付いて事なきを得たのですし、

もし、他の誰かが同じミスをしたとしても、

ミスを責めるより、今後の対策を促すだろうな~。

と想う事柄でもあります。

もちろん、小さなミスでも大きなミスにつながることがあるので、

そこに甘んじてはいけないというは前提ですが・・・。

 

久しぶりにWhy Not と Why Can Notという

心の声を聴きました。

もしかしたら、久しぶりなのではなく、

気が付いていなかっただけなのかもしれません。

 

Why Not と Why Can Notを使っちゃってだめだな~と

その言葉を使っていた自分も、

更に責めそうになってきたので、

負のループに陥る前に、

そんな自分も含めて、

一旦、まるごと全部受容しようと想います(^_^)

 

名誉のためにお伝えしておきますが、

長年意識しているだけあって、

昔に比べて、自分を責めることは格段に減っております!

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

理由となる感情を受容しやや気が楽に

皆さんは衝動買いで後悔したことはありませんか?

 

今日は、名古屋の栄に買い物に行きました。

目的は、枕カバーの購入です。

部屋の雰囲気に合わせたいのと、

直接肌に触れるものなので、

ちょっとこだわってみたいな~と想い、

百貨店の寝具売り場や、

おしゃれな生活用品を取り扱うお店などに足を運んでみました。

百貨店も、ハイセンスなファッションを扱う商業ビルも、

長野には無い雰囲気で、お店に一歩足を踏み入れた途端、

うきうき、わくわく。高揚感が沸き上がってきました。

結局、お目当ての枕カバーは気に入ったものを見つけることができず、

購入しませんでしたが、

その代わり、ビジネス用のトートバッグを新調したり、

別なものもいくつか購入しました。

 

ビジネスバッグは、アメリカの老舗メーカーの物で、

私にしたら結構なお値段だったのですが、

ちょうど、自分が気に入った型のものが、

リニューアル前のセールをしているということで、

25%ほどお安く購入することができましたし、

何より、機能性にも優れ、デザインも気に入ったので、

毎日持ち歩くバッグとしては満足な買い物ができました。

 

それで、気を良くしたのか?

別なものを衝動買をしてしまいました。

まあまあなお値段だったので、

購入するときに買うかどうか迷いましたが、

欲求が理性を上回ってしまいました。

家に帰って使用感を試してみると、

使い勝手が悪いことに気が付き、

そのとたん、後悔の念が押し寄せてきました。

 

お金をかけるところにはかけるけど、

不要な物には極力使わないタイプなので、

その後悔の念といったら、

自分の想像以上のもので、

ずーっと、後悔、自己嫌悪、自責の念、

そういった感情を引きずっている自分がいます。

負の感情を手放すワークをやってもなかなか離れていきません。

 

そんな中、ふと、なんで、衝動買いしてしまったのだろう?

という問いを自分に投げかけている自分がいました。

 

その答えは、高揚感です。

 

よく、旅行先で財布のひもが緩むなんてことありませんか?

私はありがちなので、旅行先では、

使いすぎないように気を付けてはいるのですが、

旅行の時のその感覚に似ています。

 

私にとって高揚感は理性を弱める原因の一つです。

 

今振り返ると、衝動買いしたとき、

高揚感がかなり高かったことに気付くのですが、

その時は、そんな自分を客観視できておりませんでした。

 

でも、初めて行ったお店が、

とってもおしゃれで、ハイセンスな感じで、

目に入るもの全て手にっとってみたくなるような、

そんな素敵に場所に行って、うれしかったんだね。

自分の想像以上に、高揚していた自分がいたんだね。

衝動買いを責める前に、

まずはその気持ちを受容してあげれば良かったね。

そんな言葉を自分に投げかけてあげたら、

少し、気が楽になりました(^_^)

 

自己理解、自己受容、大切ですね(^_-)-☆

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

完璧主義を活用する

ここ数年のテーマとして、

完璧主義の手放しをしております(^_^)

完璧主義には自分へも周囲へも、

弊害が多いからです。

 

昔の私は、誰からも頼まれていないのに、

(要するに、自己満足のために(^_^;))

なんでも、完璧にやることに固執しておりました(*_*;

例えば、「今日はこれをやる!」と決めたタスクに対して、

体調が悪かろうが、

何か別な用事が出来て時間に余裕が無かろうが、

寝る時間を割いてでも、むきになって、

家事や育児をこなしていた時期もありました。

先にも述べましたが、

誰からも頼まれていないのにです。

それにより、体調がより悪化したり、

イライラしたり、感情的になりやすくなったりしていました。

それにも関わらず、完璧を更に求めるようになっていきました。

例えば今日10個タスクをこなしたとしても、

できていない別の1個に目が行き、

明日は11個タスクをやろう!となっていき、

際限がなくなっていくのです。

そして、より自分を、

精神的にも肉体的にも追い詰めていきました。

周囲からすれば、少しぐらい手を抜いても、

穏やかに余裕がある心身状態でいてもらいたかっただろうなと、

今、当時の自分を客観視してみればわかるのですが、

当時は、自分の在り方や考え方が、

自分の人生にどんな影響を与えているかを学んでいませんでしたし、

性格だから仕方がないくらいにしか想っておりませんでしたので、

改善する意思もありませんでした。

 

メンターと出会い、マインドセットコーチングを学ぶ中で、

完璧主義という在り方が、

自分の人生に様々な弊害を与えていることに気付き、

改善をしてきたので、

さすがに、昔のように我慢してまで、

完璧を押し通すということは無くなりましたし、

完璧主義を手放すようにしてきたことで、

観えてきたこともありました。

 

それは、自分は完璧が好きなんだなということです。

完璧が好きな私が、

完璧主義を完璧に手放そうとすることで苦しくなっていた、

時期もありました。

そんなプロセスも経て、

完璧が好きである自分を受容したら、

完璧主義が役立つ場面や、

完璧主義を使ってもいい場面も

自分の中で、使い分けができるようにもなってきました。

 

以前、させていただいていた、

公共の書類のチェック業務は、

書類の記入ミス、計算ミスなどを見つけ、

ミスのない完璧な状態に書類を仕上げることが、

業務の目的でしたので、

私の完璧好きがとっても役に立ちました。

 

今日で、名古屋に引っ越してきて、

2週間になるのですが、

名古屋に来て初めて、

自分で決めた、名古屋バージョンの、

朝ルーチン、昼ルーチン、夜ルーチンを、

コンプリートする(全てこなす)ことができました!

とっても爽快で、達成感、満足感が得られ、

ワインも普段より何倍も美味しく感じましたし、

思う存分(罪悪感なく)ドラマ鑑賞を楽しむこともできました!

 

自分を満たすために、

自分のためだけにする

人に迷惑をかけない完璧主義なら、

活用するのもありですかね(^_-)-☆

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

腹立たしく想ったときに自分の言動も振り返る

Aさんがある人の批判をしていました。

Aさんがその人のことを批判したくなるのは無理もない!

と私もその心情がわかります。

なぜなら、Aさんも私に同じようなことをして、

私もAさんを批判したことが過去にあるからです。

 

でも、Aさんは私にも同じことをしたその行為を、

覚えていないようです。

私から批判されたことも覚えていないようです。

 

なぜなんだろう?と考えたときに、

日頃から相手の立場にたって、

物事を考えたり、

それに伴った言動をしていないからなのかもしれない。

と仮説を立てました。

別の言い方をすると、

自分の目線で物事を捉える傾向性が強いということです。

 

そしてきっと私も、

自分も同じようなこと誰かにしているのに、

自分がそれと同じ行為をされると、

腹立たしく思ったり、批判的になっていることがあるかもしれない。

と想うのです。

私もまだまだ、

俯瞰で自分を観ることができていないことが多いからです。

 

実際、先日のブログにも記載しましたが、

自分のことは棚に上げて、

ある人の行為を批判的に想っている自分を発見したばかりです。

 

自分が誰かに対して腹立たしく想ったとき、

自分も同じようなことをしていないか?振り返るのと同時に、

そもそも、俯瞰で自分を観ることができるよう、

鍛錬が必要だなと想うのであります。

 

他人のことは観えるのに、

自分のことは観えづらいものですね

伝えないことも優しさ

あえて伝えない方が良いだろう、

知らない方が良いだろうと判断して、

相手に伝えなかった経験ってありませんか?

 

後からそれを伝えた時、

伝えてくれればよかったのに・・・

と言われたことはありましたが、

その時、しっかり相手のことや状況を考えて出した答えであれば、

その時はそれがベストな答えだったと想えることにもつながり、

その判断に後悔することは少ないのではないでしょうか?

そもそも、愛ある選択であれば、

どちらを選択しようとも、その選択に、

合っている間違っている、良い悪いは無いと考えております。

 

しかし、場合によっては、

それを誰にも言えないということはありませんか?

その抑圧が苦しいと感じることはありませんか?

そんな時どうしていらっしゃいますか?

 

私が一つ注意していることは、

せめて自分自身だけでも、

その想いを心の奥底にしまったり、

考えないようにしたりしないようにしております。

 

誰にも見られない場所で、思いっきり紙に書き出して、

シュレッターをかける。

 

自分の感情を観てあげることは大切です。

自分の感情と向き合いたくないときに無理に行う必要はありませんが、

活用してみることも良いかもしれません。

 

気持ちがすっきりする、

すっきりするまではいかなくても、

軽くなった感じがするという効果が得られます。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

失敗や挫折から逃げていた理由

皆さんは、失敗や挫折をしたいですか?

 

私はしたくありません。

辛い、苦しい、恥ずかしいという負の感情を味わいたくないからです。

これは人として、ごく自然なことでもあるのではないでしょうか?

 

でも、失敗や挫折には「メリットがある」ということを学んでからは、

失敗や挫折を恐れて、

挑戦から逃げたり、現状維持やハードルを下げるといった行為は、

避けるようになりました。

(さすがに敢えて失敗や挫折をするということはありませんが(笑))

それにより、結果的に、小さいことから大きいことまで、

失敗や挫折も繰り返してきたのが、

メンターと出会い、コーチングを受けたり、学んだことがきっかけで、

様々なことに挑戦し続けてきた、ここ9年ほどです。

 

失敗や、挫折をすることで、もちろん、

負の感情も多く味わいましたし、時間やお金もロスしたこともあります。

(メンターのおかげで、その損失は最小限で済んでおります。)

でもそれ以上に、他者理解や自己成長が促進されるなど、

プラスな面も多かったと実感しています。

(プラスの面は数値化、可視化がなかなか難しいですが・・・。)

 

それまでの自分はなぜ、失敗や挫折を恐れ、

安全な道を選んでいたのか?

挑戦から逃げていたのか?

考えられる原因をあげてみました。

 

□失敗や挫折から逃げてばかりいることのデメリットの大きさを知らなかった。

 聞いてはいても、腑に落ちるまで理解していなかった。

□負の感情を味わいたくなかった。味わうことを恐れていた。

□ダメな自分を受け入れる力が無かった。そもそもそういう意識もなかった。

□失敗しなさそうな方を選ぶ癖がついていた。

□周囲に挑戦するようなタイプの人がおらず、なんとなく楽な方へ流されていた。

 いたとしても、その人には能力があって私には無いからできないと思い込んでいた。

 言い訳していた。

 

過去の私は、こんな在り方の私でしたが、

9年間の学びと、プロのメンターをつけていたことは、

たとえ、失敗や挫折をしたくなかったとしても、

失敗したら失敗したで、

その出来事や、自分のダメな所や、自分の負の感情を

受け入れられるだろうという、自信と勇気が持てるようになったことが、

大きな成果と考えます。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

失敗しない方がいい失敗があるとするならば

一昨日の投稿で、数日間をかけて、

ミリオンセラー「鏡の法則」の著者で、

心理カウンセラーの野口嘉則氏のYouTube動画を視聴しているという、

投稿をいたしましたが、今日、また新たな気付きを得ることができました。

その動画のタイトルは

『野口嘉則 講演「自分という大地に根を張る生き方」

−自分本来の力を発揮する生き方』です。

 

野口氏の講演の中で私が印象に残っていることとして、

『科学技術が発達し、便利な世の中になった現代は、

思い通りにならない事への耐性が脆弱化している。』

ということだと、

先日の私のブログに書かせていただきました。

そして、さらに視聴を進めて行くと、

思い通りにならない事への耐性を獲得する方法について、

いくつか説明していらっしゃいました。

 

その方法の中の1つに、

「失敗や挫折の体験を積む」

ということを野口氏は挙げていらっしゃいました。

そしてこんなこともおっしゃっていました。

『失敗や挫折の経験が少ないと、

「自分は自分一人でなんとでもなる。」という感覚(➡万能感)の

手放しが行われないため、

「未熟な者同士、助け合おう。」という発想にならない。

それが相互理解やチームワークの構築が苦手な原因となる。』

というようなことです。

その説明を聴き、若かりし頃の自分自身と重ね合わせて、

「あーそういうことだったのか~

まさに、過去の私のことだな~。」と、

大きな納得感が得られました。

 

私は、メンターと出会い、自己変容していく過程で、

ある時ふと、こんなことに気付きました。

「私は今まで、自分一人で生きてきた気持ちでいたな~」と・・・。

私は、高校受験も、短大の受験も、就職も、結婚も、

ほとんど挫折することなく、とんとん拍子に進んできました。

とんとん拍子に進む方を選択してきた。

といった方があっているかもしれません。

だから、「自分一人で生きてきた。」という感覚(万能感)を

持っていたのだな~と・・・。

そして、

ふとその感覚を持っていたことに気が付いた瞬間というのが、

自己受容が進んだことにより、万能感の手放しが進んだことが、

要因だったのだなとも想いました。

 

野口氏がおっしゃる通り、失敗や挫折の体験は、

万能感を手放し、思い通りにならない事への耐性を獲得するうえで、

とても重要だということは納得できました。

それを踏まえ、敢えて、

私の中で失敗しなくてもよい失敗は何だったか?を考えてみたとき、

それは、「失敗や挫折から逃げていたという失敗」が挙げられます。

 

では、なぜ「失敗や挫折から逃げていたという失敗」をしてしまったのか?

その原因は明日以降のブログに投稿しようと想います。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

やる気が出ない理由

皆さんは、やらなければいけないことを、すぐできますか?

私は、特に、これまでやったことが無いことをやり始めるまでに、

時間がかかります。

 

どうやったらうまくできるかな?

あの部分は、一筋縄ではいかなそうだな。

そんなことを考え出すと、

だんだんやる気が失せてきて、ついつい、動画を見たり、

休憩時間を長くとったり、別な用事をしてみたりしてしまいます。

 

なぜ、やる気が失せてくるのか?

その要因は大きく3つあります。

1つ目は、単純に体調が悪かったり、寝不足だったりして、

体力が不足している時です。

この場合の対処法は、寝る、休む、などわかりやすですよね。

 

2つ目は、できないこと、できない自分と、向き合うのが嫌だから。

簡単にできそうなことや、だいたいどれくらいで終わりそうか、

ゴールが観えているものならまだよいのですが、

今までやったことが無いことだと、ゴールが見えないため、

不安や恐れが湧いてきて、その感情とも向き合いたくないため、

別なことをしてしまったりするのです。

 

3つ目は、それをやる目的より先に、どうやるかを考えてしまうことも大きいです。

これをやる目的、背景、意図、理由、メリット、こういったことを先に考えたら、

使命感や、やり終わった後の達成感などプラスな感情を先に感じ、

やる気が失われる可能性も少ないのに、

それらを考えるもより先に、

どうやるか?を考えるから、ネガティブな感情も先にうまれ、やる気のエネルギーが

どんどん奪われます。

 

今回、友人からあるちょっとしたお仕事を依頼されました。

今までに作ったことのない帳票1つをつくるお仕事です。

やはり最初、どのようにやったらうまく行くか?を考えはじめ、

だんだん、モチベートが下がって、

まだ、納期には時間があるからいいやと、

時間があるにも関わらず先延ばしにしておりました。

 

しかし、あーまたいつものパターンに陥っているということに気付き、

友人はなぜこのような仕事を依頼したのだろう?

その意図は何だろう?

などを自問した時、納期に余裕はあっても、

今やった方が良いことに気が付き、モチベートも上がってきました。

やり始めて、何分か経つと、集中モードに入り、

気がついたら2時間が経過。

ほぼ完成に近い状態まで持っていくことができ、

心配していた問題も、ネットで調べたらそのやり方が載っていて、

心配していたエネルギーと時間がもったいなかったな~

と想うくらいあっさりできてしまいました。

 

ちょっとした、成功体験をお伝えいたしました。

誰かのご参考になったら嬉しいです。

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子

オールOK

足を骨折したことで、

強制的に休養を採らなければならい状況となり、

たまたま、そんな環境も今のところ整っているため、

これを機に、生活を成り立たせることが可能な限り、

思いっきり自分の好きな事をして生活してみよう!

その時、だらだらしたって、ネットサーフィンしたって、

ドラマを明け方まで見たって、オールOK!!

全部許そう!

というのをやってみました。

 

5月の中旬くらいまでは、

まだ松葉杖を使用することが多かったりして、

健康な時より、体力や精神面での消耗が多く、

それを言い訳に、まだ骨折治療中だからま~いっか!

と、どんな自分も受け入れることがわりよ容易でした。

しかし、足の回復が進むに比例して、

ま~いっか!という言葉を自分自身にかけてあげることが、

少しづつ容易でなくなってきていたようでした。

 

今はもうほとんど、日常に支障がない程度に足は回復しています。

体力気力も、だいぶ出てくるようになりました。

だから、ちゃんとしていない自分に罪悪感を抱くのです。

 

そこで私は気付きました。

罪悪感を抱く自分を否定している自分に・・・。

私は、そもそも罪悪感を抱く人なんだ。

オールOKって決めたんだから、罪悪感を抱かなくても良いんだよ~。

といくら慰めてみても、

罪悪感が湧くんだから仕方ありません。

そこを受容してないから、より自分を苦しめていることに気が付きました。

そして、罪悪感を抱く自分を受容したらこそわかったこともありました。

 

私は、

だらだらしたいという欲望、

ドラマの続きをとめどなく見たいという欲望、

ネットで次から次へと動画など見たいという欲望、

を制御できない自分に罪悪感を抱くようです。

 

「オールOK!」という言葉を、

自分の過度な欲望を満たす言い訳には使わないようにしよう!

という気付きを得ました。

罪悪感という負の感情を自分に味合わせたくないので・・・(^_^;)

ま~それも、度を超すと苦しくなるので、

7:3~8:2くらいのバランスで、時には、

自分に対して甘々でも良いかな(^^♪

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

MindLabo代表 山本智香子