「嫌い」を受け入れることのすっきり感
「いい人」星人だった私は、
(今も「いい人」星人の要素はありますが、
「いい人」を脱ぎ捨てた提にしたいので、
敢えて、過去形にしています。)
人を嫌いになっちゃいけない、
という言う思い込みが強く、
心のどこかで、不信感、不快感を感じる相手でも、
無理矢理好きになろうという傾向がありました。
最近は、だいぶ、その思い込みが弱まったので、
「この人あんま好きじゃない」「この人嫌い」
というのを、敢えて表現しないまでも、
(家族や信頼できる人には言うこともありますが・・・)
自分の中では受容できるようになっていました。
しかし、今、新たに、自分でも意外な人物のことが、
「嫌い!!!」というのを、自覚し、
(実はうすうす感づいていたのを気付かないふりをしていた気もします。)
「私、〇〇のこと嫌いだったんだ~」という気持ちを認め、
「よく、認められたね、偉かったね。」という気持ちにもなり、
とっても心がほっとしているというか、すっきりしているというか、
穏やかな気持ちになっているのです。
大好きでいたい人のことを、
実は嫌いだった(いつの間にか嫌いになっていた)と認めることは、
私にとってすごく勇気がいりましたが、
すっきり!という感情が、全てを物語っていると想います。
そこには、憎しみという感情はなく、
嫌い!を嫌いなまま受け入れたからこその、
「嫌いを含めて好き」みたいな不思議な感覚すらあります。
この経験が誰かの何らかのヒントになりますように・・・
今日も最後までお読みいただきありがとうございます。
MindLabo代表 山本智香子