「当たり前」を混ぜ合わせる
東京生活を後にして、3日が過ぎようとしており、
長野で再スタートを切るにあたっての生活スタイルを考案中でございます。
そんな中、想うこと、
東京生活の感覚がまだ体に残っている今だからこそ想うこと、
と言ってもいいかもしれません。
それは、
長野での「普通・常識・当たり前」と
東京での「普通・常識・当たり前」は、
かなり異なっていて、
長野では一般的でないとされることでも、
やってやれないことはないかもしれない。
ということです。
その1つが、
車を持たないという選択です。
東京に出る時、所有していた車を売却しました。
最初はちょっと寂しかったのですが、
オイル交換いつだっけ?
そろそろタイヤ交換の時期だよな!
今年はタイヤ買い換えた方がいいかな?
車検の費用、貯金しなきゃ(◎_◎;)
保険継続の手続しなきゃ(-"-;
またガソリン値上がりしたの~?
などのプレッシャーが無くなったことが、
すごくすごく楽なのに気が付きました。
車を所有するようになってからの30年間、
背負っていた見えないプレッシャーだったのですね(^_^;)
そのプレッシャーをまた背負うのが嫌だな~と想うことと、
車を持ったら、私の性格上、楽な方に流されてしまうので、
せっかく身に着いた歩く習慣が無くなってしまうことも、
懸念されることが理由で、
「車を持たない」という選択をしてみることにしました。
すると、今までただ気に留めていなかっただけで、
自宅のすぐ近くにバス停があったことに気が付き、
さらに、バスの本数も、自分が想像していた以上にあることもわかり、
(今年の春から本数が増えたのだそうです。ラッキー!)
定期券の助成金制度もあることを知り、
コミュニティーバスが複数走っていることも知りました。
徒歩圏内には大型ショッピングモールがあり、
生活に必要なものはそこでほぼ手に入れることができますし、
どうしても車が必要な時は、必要な時だけ、
カーシェアや、レンタカーを利用すれば、
何とかやっていかれそうです。
路線バスで、松本市街地へ行くには、
自家用車の倍近く時間がかかりますが、40分程度です。
東京では、ドアtoドアで片道1時間の通勤時間は当たり前ですし、
その間、車の運転をしていればできない、
「読書」ができるというメリットもあります。
周囲からは、車を買うことを進められておりますが、
長野で車を持たない生活をどこまでできるか?
やれるところまでやってみます!
こういう挑戦大好きです!!
今日も最後までお読みいただきありがとうございます。
MindLabo代表 山本智香子